ftp://ftp.aritia.org/pub/hizumi/Fedora/RPMS/i386/ に,FedoraCore1用をアップした。
2004年10月アーカイブ
私が,パソコン通信を始めたとき,2400ボーのモデムを使っていた。その頃は,1200ボーのアクセスポイントの方が多く,2400ボーは早いほうだった。モデムは,AIWA製外付けの単3電池2個でも動くもので,ノートPC(PC9801nとかEpsonの386NASとか使っていた)のRS232Cから,使っていた。
その後,9600ボーのモデムを使うようになって,それが長かったような気がする。
ネットワーク生活といえば,NiftyServeを使ったパソコン通信がすべてだったような気がする。PC-VANとかAscii-Netにも入っていたが,私にとって,一番の情報源は,NiftyServeだった。
参加したはじめの頃は,充実した情報に,世界が広がったような気がしたものだ。それは,Net NEWSやインターネットを始めたときにも感じたことだが,NiftyServeへの参加は,その初めての経験であり,一番鮮烈だったように思う。
そう,その当時は,草の根パソコン通信もあった。中学の頃の友人が始めたと言って来て,私もそこに出入りしていたものだ。
NiftyServeのパソコン通信で,私が楽しみにしていたのは,ファミコンやスーパーファミコン,PCゲーム(こっちはエロゲが中心)だった。
プログラマのフォーラムにも出入りして発言をしていたが,やはり,熱心に発言をしていたのは,「ファイアーエムブレム」のファミコンゲームのフォーラムであった。
オフ会にも参加したのは,そこだけだった。
しかし,今は,@niftyに,「ファイアーエムブレム」を語るフォーラムは無い。WEBに移ったものの,当時の仲間はおらず,また,新作の書き込みもない。
確かに,WEB上のいくつかの掲示板には,書き込みがある。熱心なファンのサイトもあるだろう。
だから,残念に思うことはない,と思いながら,一抹の寂しさを感じる。
それは,NiftyServeのフォーラムのほとんどが閉鎖され,あったとしても,1,2ヶ月の発言が無いのは普通。2年以上も放置されたフォーラムさえあることに,かつての活況を知るものとしては,そして,そこで発言したいた尊敬すべき人たちと別れてしまった事への喪失感を感じるのだ。
私とて,@niftyにアクセスするのは,1ヶ月に1回も無いようになった。昔は毎日アクセスしていた。読み切れない情報をログとして溜めて満足していた。今は,閉鎖された,あるいは発言のないフォーラムを「お気に入り」から削除していくと,フォーラムは1つ,パティオが2つしか,残らなかった。そのうち1つのパティオには,2年間発言がない。
私がもっとも愛したファイアーエムブレムのパティオだというのに。
私もNiftyServeの占める生活の割合は0にちかい。だから,今更という気もする。
だけど,みんなどこに行ったんだろう。会ったこともない貴方は,私にとってかけがえのない人だった。
その発言に唸り,そのコメントが私を成長させた。フレームさえ,懐かしく思う。どこに,そのログが残されているかは,私にはわからなくなったが。
もう,ここには情報がないな。くる必要は無いな。そう思うながら,最後の日まで,私はログをダウンロードし続けるだろう。
